Categories
思考

ニヒリズムとアイデンティタリアニズム

「核実験も軍縮もベルリン問題も、半熟卵や焼き林檎や乾葡萄入りパンなどと一緒に論じるべきなのだ。」

 とある小説の一節が僕に、途方もない悲しみと、そこの尽きない想像を、呼び覚ました。社会という枠組みに割り当てられた思考でしか、物事を、考えることができないならば、それはもう、スケールの小ささを、露呈しているにすぎない。宇宙からしてみたら、頭を悩ますどんなに大きな問題も、朝食のメニューを考えることと、じつは、なにも変わらない。
 今朝、目覚めてすぐ、ひげを剃る中年男性、そのとき、そこから離れた下水道で工事に勤しむ作業員、車の下敷きになる野良猫、一方、出勤前に電車の中で化粧をなおすきらびやかな女性….この奇跡的な関連は、例えば、秋風が吹く少し肌寒い早朝に、誰にも気づかれずに、こっそり、あちこちで起きている。

    ★    ★    ★

・嘘を、はがしていく
 戦争の歴史をみれば、分かる。僕たちは元来、暴力的な存在であり、これからも、暴力的な存在であり続けるということへの、人間としての、深い覚悟が、必要だ。向こうから、けしかけてきたんだから、こっちも、やり返すのは、当たり前だという短絡的なものさしは、いらない。本物の自分というものが、いるのかどうか分からないけど、悲劇を避ける方法は、自らを包み込む嘘をはがし、つらい真実と向き合う決意に満ちた、気概だ。

・どう、ありたいか
 インターネットが世界を覆い尽くしている。いままで、僕らが想定していた常識が、通じない。ひらいていく格差。不安と憎悪がふくれあがる民衆。居場所を見つけられない若者。孤立する老人。そろそろ、永遠に落ち着ける居場所がないことに、慣れなければならない。自由を尊重しようとし、望んでか、望んでないかは、分からずとも、こういう現代ができてしまった。結局、いま問われているのは、これからをどう生きるか、どんな人間であるかだけなのだ。

    ★    ★    ★

 ニヒリズムに、陥る必要ない。確かに、過去を振り返れば、そうならずにはいられない現実があった。ナチスの強制収容所でおきた悲劇でしかり、横行して見て見ぬ振りになったジェノサイドしかり。たしかに、過去の年月によって、僕らは冷静になった。いまは、誰しもがグローバル経済下におけるリスクにさらされている。
 アイデンティタリアニズムという思想が、台頭しつつある。これは、自国・自民族の文化や習慣を守って生活する移民を、切り捨てることを意味する。なぜ、こうなるのか。アイデンティティーの問題を、地球レベルに引き上げる作業に、難航しているのだ。無理やりに、経済を通して、世界を一つにしようとする、ひずみが生じている。

 存在はいつも、言葉より決定的だ。畢竟するに、どんなに言葉が純粋でも、説得力があるのは、他人の模範であるのだと、僕は思う。必要ならば、歌えばいいし、映画になればいいし、小説にして伝わればいい。でも、人間の衝動を突き動かすのは、いつでも、他者の存在だ。

Categories
思考

静謐なひととき

 季節の移り変わりを意味する静寂によって、あるいは、その美しさによって、僕の感覚は、研ぎすまされる。あいまいな、いつまでたっても安定しない、たよりなく揺れ動く自我が、どこまでいっても出口のない迷路を、さまよっている。それは、大人になりきれない、魂の叫びを帯びている。いつになれば、不完全という枠組みを越えて、卓越した精神を、手に入れることができるのだろう。迷いがひしめく夜に、書き綴る文章は、どこか危なっかしい。

    ★    ★    ★

・浄化
 これまでに蓄積された毒素は、誰かの手によって、浄化されなければならないと、考えるのは、危険だろうか。そもそも、毒づいた言論なんて、そこらかしこの落ちているじゃないかというかもしれない。でも、僕らは、そのひとつひとつを、丁寧に、すくい上げて、全力の闘魂で、追い返さねばならない。それが、アカデミックな世界に課せられた使命だと思うし、一人で、うずくまって、泣くことしかできない彼らが、すこしでも、生きやすい世界を獲得する、鍵になるのだ。

・死者の声
 戦争の歴史を紐解くとき、それは、すでに誰かの視点が、紛れ込んでいる。完全な中立や、公平で偏りのない思想なんて、ありやしない。じゃあ、僕らは、誰から過去に起きたことを、学べばいいのか。そこで諦めてしまえば、いっそ楽なのかもしれない。でも、時空の狭間を越えて、炎の戦禍のなかで、死んでいった者たちの声が、なりやまない。

   ★   ★   ★

 すべての人間は、時と場合によって、ありとあらゆる残虐行為を、行使しうるという真理を、知らしめる必要がある。もう、こんな時代に、戦争なんて起きる訳がないよ、ましてや、ファシズムなんて流行らないと、思考停止することで、世の中から暴力が消えるなら、それで構わない。だけど、現実は違う。テレビのむこうで活躍する、オリンピックの選手の母国が行う空爆で、人が死んだりする。
 もう静謐なひとときを送る時代が、来たんだと、歴史の道しるべが語る。なにも、過去への執着を、強調したいわけじゃない。これまでより、存在感を強めるテロリズム。そんな暴力なんて、目新しくもなんともないと、一蹴する勇気が試されている。そこで、はじめて、歴史は、死んだ人間を離れて、今を生きる僕たちのものとなる。

Categories
思考

茘枝(ライチー)の皮

 どうして、こんなにも、息苦しくて、生きづらくて、決して居心地のいいものではない場所で、だれも認めてはくれない我慢を、強いられているのだろう。別に、理解して欲しいなんて思ってない。ただ、成熟(してるのか?)している社会で、たぶん、一昔前のような勢いはない、経済が伸び悩んでいる状況において、気持ちよく生きているやつって、既得権益に保護された世代だ。そんな奴らは、自分とは利害の関係ない人権論なんかに、耳を傾けようとはしない。

    ★    ★    ★

・疼くもの
 自由貿易に賛成な人たちが、人が国境を越えてやって来ることには、反対だったりする。わけがわからない。でも、考えてみよう。たぶん、どんな判断にも、損得勘定がつきまとう人たちは、こうすれば少しでも、社会が、良い方に変化していくんじゃないかを考えない。別に、それが、悪いといいたいんじゃない。誰だって、損をするのは、いやだ。でも、それじゃ、だれが僕の中で疼く、良心というか、道徳というか、モラルみたいものに、向き合ってくれるのか。今日も、いうまでもなく、高価で買えない薬をもらえず、病気で人が、どんどん死んでいる。

・人口について
 人間が増えると、地球環境に悪いんだから、減ればいいという人が、いる。それなのに、日本では、少子高齢化で、働き手が減るし、経済にも悪影響だとされ、人口の減少を、防ごうとしている。どちらにしろ、人口を操作しようとすることは、僕は、野蛮だと思う。自然の営みに、任せればいい。子どもが、たくさん欲しい人は、そうしたらいいし、逆に、少ないなら、少ないなりに、いいこともある。たしかに、高齢者を、あるいは、かれらを含めた社会というものを、若者が、支えなければならない。それは、そうだ。だけど、それに、平然と対処できる社会を作れないほどに、僕たちは、愚かなのか。それを問いたい。

   ★     ★     ★

 無垢で、純真な、てのひらが、頬に触れる。氷のような冷たい皮膚から、儚さが伝わる。僕の身体を流れる黒い血に、にている、甘酸っぱい果実の皮をめくり、その裏側をみたい衝動に、駆られる。茘枝(ライチー)の皮を、はがしながら、夏のむせかえる緑のにおいを、鼻にふくませて、次の季節を、待ちたい。

Categories
思考

逡巡

 内輪で持ち上がる三角関係や、カップルの痴話喧嘩、TVドラマやワイドショーの中で繰り返される、陳腐なトラブルやゴシップ。それをくだらない、関係ないと信じていた頃が、あった。それはやや、傲慢であったかもしれない。今になって、自分の内側に膨れ上がる感情の激しさに、戸惑いを隠せない。

     ★     ★     ★

・噛み砕けない事実
 「死は、生のひとつだ。」と、小説の一節が語る。たしかにそうだと、ふと考え込む。僕たちは、数ある選択肢を、慎重に選んで、あるいは選ばずとも、たまたま、今という場所にいる。そして、その中で、死を選ぶ人がいることを、多くの人が知っている。なにも、自殺を、肯定したいわけではない。そうでなくても、不条理な死は、いくらでもある。もっと、生きたくても願わなかった人生がある。でも、やっぱり、死を選ぶことも、「生きる」ことの選択肢の一つでないかという事実を、噛み砕けないでいる。消滅によって、成就できる生命があっても良いじゃないかという思考が、僕の中を巡る。

・むごい世界
 みんながみんな、学校である程度、均等な教育を受けているはずなのに、できあがる人間に、どうしてこうも、違いがあるのかを考えたことがある。違いはあって、あたりまえだし、それで良いというのは、少し呑気だと思う。遺伝子やら、DNAがという話をしたいんじゃない。目の前に広がる社会の仕組みの嘘を、暴くなんていう、たいそれたことは、できないけど、少なくとも、何が何でも正しいとされている中にある矛盾を、追求していかないと、ずっとこのままが続いていく。それは、なんていったらいいか分からないけど、結構むごいことだ。

   ★    ★    ★

 悲劇とういのは、他人から見ると、喜劇だというけれど、その真ん中にいるひとにとってみれば、それはそれは、重苦しい試練であって、生きるか死ぬかの闘いだ。悲しみの渦中では、分からないことがある。起こること全てに意味があって、それらが愛おしく感じるなんてことは、きっと、もっと時間が経過したときだ。まだ、僕らの逡巡に、迷いに、決められないなにかに、胸が焼けそうになる。きっと、朝になれば、そんなこともつゆ知らず、新しい一日が始まる。

Categories
思考

恩の流れ

 僕らの歴史を、ちょっとでも振り返れば、残虐と恨みは、無尽蔵に見出される。それらの類いの感情は、簡単に、すべてを、呑み込み尽くす。ときに暴発した情念は、暴力となって、他人に襲いかかる。言葉や芸術でも、処理できない、なにかをもてあましながら、人間は、これまでを、どうにか過ごしてきたといって、過言ではない。
 じゃあどうしたら、他者を傷つけず、おとしどころを見つければよいのか。いじめは悪だ。ない方がよい。なくしなさい、なくした方がよいと語って、攻撃性がなくなるのであれば、話は簡単で、倫理学も、法律も、いらなくなる。言葉で、なくすことはできない。いくら言葉を積み重ねても。だからといって、言葉は無力であると、短絡的に考えるのは、愚かだと思う。

    ★    ★    ★

・ちっぽけな存在
 今まで築いてきた文明を含め、人間という個体の生成は、ひとつの奇跡だ。たとえば、神様が、存在したとして、かれは、果たして予め、現在の世界を、計画していたのかどうかは、疑問だ。たぶん、この世界は、もうとっくに神様の範疇をこえ、未曾有の未来へと、向かっているのではないだろうか。地上で暮らす僕たちは、もう軋轢や差別に、耐えられないでいる。途方にくれて、ただ涙を流しながら、祈るくらいしか、術を持たない存在なんて、とてもちっぽけだ。僕は、そう思う。
 もちろん、無数にある身の回りの奇跡にいちいち驚いていたら、生活を静かに送ることはできない。病気や苦難のなかで、絶望していなければならない期間があるからこそ、当たり前の毎日が、輝きだす。

・なにを、信じるか
 過去は、もう消すことができない。僕は、もう生きてしまっているし、それを、なくすことはできない。そして、どうせ生きるなら、楽しい方が良い。悲惨な事件なんて、起こらない方がいい。でも、現実は違う。どうやら社会は、なにか、間違ったものを信じているようにさえ、思う。

    ★    ★    ★

 〈私〉とは、存在の一つの通路だ。風が通るための。あるいは、過去と未来が出会うための。恩は、与えて返されるものではなく、与えたものが別の者に与え、それが、さらに、別の人に伝わり、順々に巡っていき、流れていく。恩の流れは、途切れることなく続いていく。満ち足りた沈黙についで、やってくる愛を、受け入れて、朝の光を待つ。

Categories
思考

月の光

 差別的な表現は、控えるようにという概念が、社会を、渦巻いている。組織の多様性を促す目標を達成するために、企業が努力するのは、良いことだと思う。でも、過剰なまでの反応は、漂白されきった世の中じゃないといけないという流れを、つくってしまわないか。そんな世界では、ただでさえ、呼吸のしにくい情況を、悪化させるだけだと思う。

    ★    ★    ★

・行き場のなさ
 もう底辺の仕事に、毎日を忙殺される日常は、まっぴらごめんだと、ある労働者が、声を荒げながら言ったとたんに、彼は、この社会から、冷ややかに、排除されてしまうのだろう。現代社会が生み出している雇用は、明るい未来なんて、見えない仕事ばかりではないかという嘆き。将来性のないことは、分かっていても、今日食っていくためのお金を生み出すので精一杯の僕らに、次の行き場などない。たぶん、資本主義は、非正規雇用という低賃金労働者なしでは、立ち行かなくなっているのは、目に見えている。それでも、拡大する格差について、真剣に議論する余裕は、いまのところなさそうだ。

・そんなもん
 例えば、イスラモフォビアという言葉について、思考する。日本にも、ムスリムに対して、嫌悪感を持つ人は、きっといるんだろう。伝統的な価値観にそぐわないと、閉め出すという行為は、いささか、暴力的だと思う。イスラムへの理解が深まったとしても、実際は、社会のなかに蔓延するヘイト感情の行き先が、変わるだけだ。人間て、そんなもんだ。

   ★   ★   ★

  ただ、人の喋る声だったり、笑っている顔を、画面に映したいだけという理由で、つけられているテレビが、今日の出来事を、淡々と語る。別に、熱心に観ている訳じゃない。なにかしら、孤独を紛らわす装置が、僕らには必要なようだ。だれにでも、ふとした言葉のなかに隠れている刺によって、傷つく場合がある。そのときは、心の中に、小さな部屋が用意されていて、その中に閉じこもり、時が経つのをじっとして待つ。天井にはいった、小さな亀裂から差し込む月の光に、祈りを込めながら。

Categories
思考

模倣

 人とは違う部分を、武器にして、お金にかえる時代がきたと、一人の賢者が語る。誰だって、不完全な自分を、消すことなんてできない。ありのままの個性が、すでに、愛されているというのは、少し呑気すぎやしないか。その他大勢に埋もれながら、私という牢獄のなかで、もがきながら生きていく人生に、辟易している。

    ★     ★     ★

・哀愁
 才能、オリジナリティー、非凡さだけが、この社会を、生き抜くために、必要なんだ。そういって、なんの取り柄もない人を、排除していく。都会の波に、もまれながら、ずる賢さを、身につけていく日々。まがいものが、氾濫する世界において、今度は、誰が、偽物をつかまされるのかを、注視する、他人のまなざしは、どこか、哀愁さえ、漂っている。

・ひずみ
 排斥するのが、目的なんだと、堂々と、主張する彼らのなかに眠る、劣等感と、自尊心。どんどんと、生きづらくなる世の中に、なにかものを言いたげな、心のひずみは、隠しようがない。独自性を、尊重するというきれいごとのそばで、ひとりひとりが抱える、ここに至までの、複雑な経過を、蔑ろにしているのは、乱暴のほか、なにものでもない。

   ★    ★    ★

 人格も、性格も、人間性も、断片的なものによって、形づくられている。いま、僕が発する言葉も、時折みせる仕草や、頭の中を巡る思考さえも、すべて、模倣に過ぎないなら、この私という自我は、どこからやってきて、そして、どこに、向かっているのだろう。年の瀬の、慌ただしさのなかに身を任せては、どこか、ぎこちない大人になりきれない自分を、さらけ出す。傷つくことを恐れて、震えている誰かへ。良い年を、迎えることができるように、祈りをこめて。

Categories
思考

ここではないどこかをめざして

 人生のなかで、どうしても、折り合いのつかないことを、笑ってやりすごすことができる。そうやって、どうしようもない自分というものと、なんとか、付き合っていけるのだろう。僕たちは、僕たちの人生に、縛りつけられている。いろんな不充分さを抱えた、この自分というものに、閉じこめられて、一生を、生きるのだ。

   ★    ★    ★

・鎖を解く
 家庭や、結婚は、こうあるべきとか、女性や、男性は、こうあるべきだと、思い込んでいて、それが、がんじがらめに縛る、鎖になっている気がする。そして、そこから、外れた人は、自分が、悪いのではないか、自分は、もう幸せになれないのではないかと、思い込まされる。

・区別から逃げる
 同性愛の人、子どもが、できない人など、家族や結婚に関してだけでも、いろいろな生き方がある。それに、働き方や趣味のありかたなど、生きていくうえで、している、ありとあらゆることについて、良いものと、良くないものが、決められ、区別されていく。まるで、自分は、幸せについて、正解を、知っているかのように、語りだす。それは、ひとつの暴力なんだと、思う。

     ★     ★     ★

 僕らは、いつでも、出口を探している。あるいは、生きている実感、リアリティーを、欲している。そのためには、他人だって、傷つけるし、手首を切って、生暖かい血に、浸ってもいいのだ。それほどまでに、今を生きていく困難さを、訴えたい衝動は、止まらない。
 実際は、自分が住んでいる街のことしか、知らない。まるで、好きなところへと、出かけていく自由を、剥奪された身として、生きているみたい。でも、外の世界にむかって、開いている窓をあけて、どこにでも行くことのできる感覚は、何なんだろう。僕らは常に、ここではない、どこかをめざしている。

Categories
思考

束の間のかがやき

 人間が、物質的存在として、あり続けてる、世界においては、どのような神も、永遠の生命も、存在しない。僕らのさきに、待っているのは、やっぱり、死だという事実は、隠しようがない。やがて、土に還るときまでの一瞬のなかで、思考を、巡らしたり、誰かを、愛したりする不思議さを、僕は、忘れたくない。

     ★     ★     ★

・近代的とは
 メディアでは、新しいムーブメントにたいしての、名称が、とりだたされる。なかでも、僕は、「孤独死」や「無縁社会」という言葉に、関心を、抱いた。人生の最後を、一人で迎える意味を、考え続けた。多くの人は、そんな最期を迎えるのは、悲しいと、捉えるだろう。でも、きっと、価値観は変化していくし、呼称だって、移り変わる。一人で死ぬことを、受け入れて迎える終わりを、「独尊死」と名付けた。一人でも、安心して死んでいける社会を、築いていくことが、近代社会のひとつの道なんじゃないだろうか。

・衝撃
 現代社会に蔓延る、悪にたいして、どう向き合っていくかを考えたすえに、釜ヶ崎という、日雇い労働者が、野宿して生活する場所に、足を踏み入れることになる。そこで、話を聞いていくと、誰しもが、現実的に、死について考えることは、困難だと話す。明日どう、生きればいいのかという、不安に陥っている、現状を、垣間みる。基本的に、生活に必要なことに不自由していない僕は、衝撃を受けることになる。

     ★     ★     ★

 人生の、ある一定の期間くらい、ひとは、学ぶ時間が、あってもいい。なにかの、役に立つためとか、立派な大人に、なることを、目標にせず、ただ、自分の関心の、奥に、突き進んでいく。それは、豊かさの、象徴になりうると、僕は、思っている。
 みんなが、やがて死すべき者として、ここに今、出会っている、愛おしさは、どんな風にいえば、伝わるんだろう。人間の意識も、人類の全文化もまた、永劫の宇宙のなかでの、束の間の、かがやきにすぎない。

Categories
思考

<目の独裁>

 かつて、ジョン・レノンが、「イマジン」(想像してごらん)という歌を、うみだした。この歌が、こだましつづける、当時の日本は、どんな時代を、むかえていたのだろう。生き方が多様化してくるこの頃、市民社会の前提を、つきくずしてきたのかもしれない。でも、まだ、令状がくれば、戦場に行くというふうに、身体の中にプログラムされ、埋め込まれているのだとしたら、それは恐ろしい。

   ★     ★     ★

・エンドレスリピート
 人は、生まれてきたときから、世界は、こういうものだと、教えてくる。だから、自然に、教えられた世界以外の世界を、見ようなどという、選択の余地を、奪われる。いったん、このような世界の在り方が、確立されると、僕らはそれを、たえまないことばの流れによって、死ぬまで、くりかえし、再生しつづける。

・世界を止める
 「商品に値段がある」とか、「お金で人を雇える」といった当たり前のことを、不思議に思う感覚は、一度、持ってしまうと、なかなか、離れない。一見、平凡なもののようにみえることも、少し考えれば、奇妙なこととして、問題的に感じることは、生きにくいのかもしれない。だから、「世界を止める」、すなわち、自己の生きる世界の自明性を、解体することが、僕にとって、必要になってくるのだ。

   ★    ★    ★

 これまで築いてきた文明は、目に、依存していると、言われることがある。目の世界が、唯一の、客観的な世界であるという偏見に、満ちている。でも、そのような<目の独裁>から解き放たれたとき、はじめて、世界をきく、世界をかぐ、世界を味わう、世界にふれることが、できるのかもしれない。そのとき、この社会の複雑性を、知り、奥行きまでも、変えてしまうはずだ。