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映画レビュー

045 「 BOYS ボーイズ」(2020)

<基本情報>
もともとは、テレビ映画だったものが、大きな反響を受け、オランダで、2014年に、劇場公開にいたる。
第33回オランダ映画祭で、批評家賞など、2部門で受賞。
日本では、名作を発掘するフェスティバル「のむコレ3」で、上映された。

 相手に、好意を抱いていることに、気付く瞬間がある。恋とか、愛とか、あるいは、べつの呼び名なのかもしれない。その感情から、目を背けようにも、徒労に終わる。確実に、大人になっていく身体に、心は追いつかない。アンバランスな状態を保ちながら、必死で、前に進もうとする、彼らの姿は、思いのほか、眩しい。同性愛とか、ゲイとか、セクシュアリティーとか、それらの言葉から、わき起こる想像に、目を向けて欲しい。それが、拒絶だったり、嫌悪だったりとしても。この世界に存在する、人を想う、多様な形を、尊重できるように。

 主人公・シーヘル(ヘイス・ブローム)の家族が、織りなす生活は、物語に、アクセントを加える。兄のエディ(ジョナス・スムルデルス)は、不良っぽいところがある。思春期のころの、既存の枠組みを壊して、悪さをしてみたい衝動。ルールをただ、遵守することだけでは、味わえない感覚。そのせいで、父との、関係は、良好ではない。親子だから、うまくいくこと、そうじゃないことがある。それでも、うまくやっていこうと努める、懐の深い、父親の背中は、大きかった。

 80分の尺は、そう長くはない。だけど、そのなかに詰め込まれている、緊張や、感動は、まるで、永遠のようだ。画面ごしに流れる音楽、気の利いたカット割り、俳優らの瑞々しい演技。どの要素も、欠けてしまってはいけない、映画の一部分になる。これは、いわゆる、シーヘルとマーク(コ・サンドフリット)の、少年同士のラブストーリーだ。かと言って、その一言で、終わらせたくない。自分の気持ちを、押さえ込んでいたことを、認識し始め、本当に大切にしなければいけないことを、明確にしていく。人生における、大きな意味について、疾走感をもって、描き出していくさまは、たくさんのドラマで溢れている。

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心情

お金と僕

全ての価値は、数字で、置き換えられるとしたら、虚しい。
気付いたら、値札のついた商品に、囲まれていた。
べつに、欲しくもないのに、それは、偉そうな顔をしている。

お金は、僕にとって、どんな意味をもつのか。
たぶん、社会参加のための入場券だと、思う。
貨幣をもたない者は、社会から排除される仕組み。

金を払えば、人を雇える。
みんなが、疑わない、そのルールは、いつから、できたんだろう。
経済が、世界を支配していく。

お金で、幸せを買えるならば、いっそのこと、楽なのかもしれない。
大勢が、無価値であると思うことに、大金をつぎ込むやつが、いる。
そういう世界が、好きだ。
画一化されない、今を求めて。

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社会の出来事

殺伐とした空気のなかで

 いろんな思想を持った人が、いる。SNSから流れてくる情報を、飲み込むまで、時間がかかる。心にモヤモヤが、溜まっていく。世界には、自分と似たような人間だけが、暮らしているわけではない。それぞれの主張に、目を通すことで、精一杯になる。だけど、もし、そこから、自分なりの考えを抽出できたらと思いながら、文章を書きたい。

      ★    ★    ★

・「BlackLivesMatter」について
 子どものときは、分からないだろう。自分が生まれた属性と、一生向き合っていかなければならないことを。肌の色が違うだけで、不当に扱われる。どんなに、あなたが、誠実であり、なんの落度もないことを証明しても、聞く耳を持たれない。抑圧される側の、声を、届ける手段を、僕らは、探し続けている。
 教育という名の下で、歴史に触れる。人間は、絶えず、権力を欲し、人を蔑み、殺しあってきた。その過ちについて、学ぶことに、ほとんどの意味が、含まれている。だけど、やむを得ず、暴力にうってでなければならなかった、差別される側の、行為について、注視することができなかった。どんな種類の暴動も、略奪も、内乱も、ひとつのまとまりとして、捉えていたからかもしれない。もし、他者の痛みを、分かち合えるのであれば、僕は、必ず、彼らの声に、耳を傾ける。

・一歩踏み込む 
 「差別を、してはいけません。」と言う人たちにたいして、無関心でいる。はいはい、あなたはいい人ですねと、受け流す。はたして、それは、本当に興味がないだけなのか。いま、差別されている人たちが、声をあげることによって、現状維持が、阻まれる。それに、恐怖しているのが、僕らの本音だとしたら。それに、気付くことが、面倒だから、遠ざける。べつに、今私が、困っているわけじゃないし。
 だけど、一歩、踏み込むことが、必要でなはないか。黒人であることを理由に、被害をうける。性的マイノリティーであることを隠して、生活しなければならない。障がい者は、身の程をしるべきだ。あなたは、いつも、批判をする立場だったかもしれない。だけど、今、世界中で、起きていることは、何も間違ったことはしていないと、信じているあなたに、向けられて、発せられてる言葉だと、思って欲しい。自分のなかの誤った考えを、改めていく。価値観を、アップデートしていく。そうやって、僕らは、知を愛してきたのだから。

     ★     ★     ★

 なぜ、いま殺伐とした空気に、包まれているのか。どこの組織にも属さない人間を、どう扱えばいいのか、社会は戸惑っている。名もなき人の声にたいして、どうせそんなものは、だれも相手にしない。そう、権力者は、考えているだろう。そうやって、民衆の意見を、蔑ろにしていく。その事態を、回避するために、僕は、ここから、発信していく。

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思考

生きる理由

 有限の命。死を予感した瞬間。今を生きる理由を探すけど、みつからない。僕にも、ちゃんと最後が来るとおもうと、安心する。狂気に満ちた空気に、おかされていく。道ゆく人は、みんな、なにも疑わずに、ただ、明日を見つめていた。社会の付属物かであるように、従順に、事をこなしてゆく。普通のように、振る舞えない自分は、たぶん、痛々しい。

      ★     ★     ★

・線引きという暴力
 今の立ち位置は、どうやって確立されたのか。僕は、とくに努力した覚えはない。だけど、食うことに困らず、住む家もある。だけど、世界は、そんな人ばかりじゃない。十分に栄養をとれない子ども。路上で暮らすホームレス。空爆に怯える民衆。激動していく社会に取り残されたように、ただ、我慢を強いられる。
 例えば彼らを弱者と、呼ぶ。そうやって、線引きをしたとき、ちっぽけな僕は、突如として、強者になる。こっち側と、あっち側。その境界は、いつからでき、何を基準に、人間を分断しているのか。貧困に陥るのは、努力が足りないからだという言説は、嫌いだ。自分の能力が高いから、それだけの見返りは当然である。だけど、あなたは、ただ、環境に恵まれていただけなのかもしれない。

・虐げられし者の声
 老後のために、蓄える。いざ、困ったときに、準備をする。そうしないやつは、そこらへんで、野垂れ死ねばいい。そんな世の中は、はたして成熟した社会と言えるのか。何者もなれなかった、何のとりえもない、どこにでもいる人間が、誰にも迫られることなく、死ぬまで、豊かに生きることができる。そんな世界が、好きだ。
 みんな、どこかしらは、不完全なはずである。それが、生きていくのに、致命的だったり、案外そうでない人もいる。いかに、抑圧される側の声を、表出させるか。その声が、うねりをあげたとき、社会という怪物に、抵抗できる。

      ★     ★     ★

 結局、僕がここで、言いたいことは、社会は、いくつもの階級に分かれていて、そこで暮らす人間は、けっして全員が、幸せじゃないということだと思う。じゃあ、どうしたら、良くなるのかを、問い続ける。それが、生きる理由になる。

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心情

メッセージ

ちやほやされたい。
バズりたい。
たくさん、いいねがほしい。

インターネットが普及して、くだらない願望に、振り回される。
個人が、発信できる歓び。
僕は、なにを、伝えて、誰と、つながりたいんだろう。

若いころから、活躍して、名を知られる。
それに比べて、自分は、なんとも、みっともないんだろう。
何かを成し遂げなければ、どんどん隅に追いやられる、感覚。

べつに、有名にならなくても、幸せでいられる。
テレビに、うつることが、すべてじゃない。
むしろ、そこじゃないところに、真実がある。

なにも起きなかった、平坦な一日に、祝福をあげよう。
あなたからの、何気ない一言に救われる。
そういう言葉を、ここから、届けたい。
弱っている心に、静かにしみ込む、メッセージを。

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映画レビュー

044 「his」(2020)

<基本情報>
2019年にドラマで放映され、話題を呼んだ。
今作は、その出会いから、13年後を描く。
俊英の宮沢氷魚が、初主演をかざる。
Sano ibukiの「マリアロード」を、主題歌に、起用。
監督は、「愛がなんだ」の、今泉力哉が務める。

 変わりつつある、家族のかたち。ペットだって、大事な家族の一員になる。そんな時代に、同性同士のカップルが、子どもを育てるなんて、珍しくない。はたして、本当にそうだろうか。現実に、立ちはだかる壁は、そう低くはない。伝統的な価値観を、守ろうとする。知らずのうちに、自分のなかにある、偏見や差別。それを、乗り越えて、違いを認めていく勇気が、僕らには、あるんだろうか。揺れ動く社会のなかで、自分の居場所さえ、ままならない。

 結婚という制度によって、得ることのできる権利。それを、自覚している人が、いったい、どれくらいいるんだろう。愛し合った者同士が、一緒に暮らすことさえ、ままならない時が、ある。法律は、いつも平等を約束してくれるとは、限らない。享受できることが、あたりまえすぎて、無自覚になる。マジョリティー側の都合で、物事が進んでいく。少数派を、排除することで、安心を得ようとする。自分は、さも、公平さを保持しているかのように、振る舞う。だけど、言っておこう。あなたの中に、存在する憎しみを他人にぶつけても、なにも、変わっていかない。

 田舎で、男2人と、娘の空(外村紗玖良)の3人で暮らす様を、周囲の人が、受け入れていく。でも、いつまでも、うやむやにできない焦燥感が、当事者にふりかかる。同性愛者ということを、話す必要があるのかという声を、聞く。自分のセクシュアリティーに、誠実にあろうとすれば、説明を余儀なくされる。それを、受け取った側の、描かれ方が、印象的だ。人間味のある、奥深い優しさに溢れている。「多様性」を構築していくために、必要な寛容性について、たぶん、もう、僕らは、気付き始めている。

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心情

気が向いたときに、動く

寂しいから、そばにいてほしい。
一人になりたいから、放っておいて。
その周期を、崩してしまうと、ストレスになる。

調子のいいときもある。
気分が優れなくて、落ち込む時もある。
そりゃ、生き物だもの。
完璧じゃない。

食べたいときに、食べる。
眠りたいときに、眠る。
働きたいときに、働く。
外に出たいときに、でかける。
そういう生活を、結局は、求めている。

まともであることに、執着する必要はない。
ちゃんとしなくちゃいけないと、念じるほどに、疲れていく。
僕は、僕のままで、生きていく。

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思考

記憶の残滓

 社会が、変動していく。それは、べつに、ここに限ったことじゃない。世界が、急速に、しぼんだり、膨れ上がったりしている。価値観が、多様化していき、制度やしくみが、新しくなっていく。たぶん、その根っこにあるのは、個人が、自由になろうとする意志だ。僕らは、自分を縛るものを、遠ざけ、選択できる権利を主張してきた。その結果、ありとあらゆるものが、流動化していく。 

    ★    ★    ★

・声をあげる
 芸能人が、政治の話をすると、煙たがられるという風土は、本当にださい。これから、国を、どんなふうにしていくのかを、議論するのに、いろんな知識はあったほうがいいかもしれない。(そもそも芸事をしているからといって、知識がないとすることじたい、ナンセンスだ。)言いたいことを、言えばいい。間違ったら、出直せばいい。もし、あなたは、政治について、なにも理解していないのだからと言って、自分とは、そぐわない意見を封じ込めようするなら、それこそ、間違っている。
 たぶん、次の世代に、何を残していくべきかという視点が、欠けている。いまの子どもたちが、大人になったとき、こんな社会だったら、生きにくいよねっていう部分を、変えていけばいい。なのに、今の政財界のトップの多くは、利権にぶらさがって、富を吸い尽くそうとしているみたいだ。権威に、いつまでも、ひれ伏す民衆を、演じるのも、飽いている。だから、声を、あげるべきだ。

・無常
 なんで、そんなに、怒っているんだろう。容赦ない言葉が、弱者に、向けられる。たぶん、満たされないと感じる、マジョリティーの叫びと、僕は思っている。自分とは、立場がちがう人間を、受け入れることができず、排除していく。変わっていく情勢に、なす術もない。だけど、無常に逆らうことはできない。一切のことは、生まれては、消えていく。
 ひとりひとりが、抱えるバックボーンは違う。生まれ育ってきた環境も、異なる。だけど、人は、何かしら、過去に執着している。忘れられない出来事について、言葉にしようとしても、ままならない。そして、伝える術を探すように、生きて、十分に語ることのできないまま、死んでいくのだ。
 
     ★    ★    ★

 家族で過ごした、断片的な思い出が、記憶の残滓として、眠っている。それは、大人になった今も、大きな塊になって、僕という存在の柱として、機能している。時が進むにつれ、以前よりも増して、自分を形成する要素について、考えるようになった。ただ、それは、年老いた人間になっただけなのかもしれないけど。

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映画レビュー

043 「存在のない子供たち」(2019)

<基本情報>
2018年、レバノン発。
第71回カンヌ国際映画祭で、審査員賞ほか、全2部門で、受賞を果たす。
監督は、長編初となった「キャラメル」で、注目を集めた、ナディーン・ラバキーが、務める。
原題は、「capharnaum」。

 中東映画という、枠組み。国境は、たえず、僕らに重くのしかかる。世界は、あたかも、ひとつに、つながっているかのようだ。でも、ふたをあけてみると、まるで、社会は、いくつもの、セクターに、分断されている。そこで、暮らす人たちは、必ずしも、いいことばかりに、見舞われていない。現実に、目を背けたくなることもある。映画を観ただけで、何かを、分かったような感覚でいられるのは、楽観主義だろうか。それでも、問い続けるということを、やめないでいたい。そう思わせる力が、この作品にはある。

 日本で、生まれたなら、幸せで、貧しい国に、生まれたら、不幸なのか。「貧困」、「移民」という社会問題は、往々としてある。それを、テーマにした作品は、社会派とうたわれる。映画のジャンル分けに、どれだけの意味があるんだろう。だけど、ひとつ確実に言えるのは、本作は、娯楽作品とは、一線を画している。観終わった後の、不思議な脱力感。物語を、どんなふうに解釈し、心の中の、どの位置に、置き場所を定めようか、分からないのである。そんなふうに思ったのは、はじめてかもしれない。

 貧民街で暮らす12歳と思われる少年・ゼイン(両親さえ、彼の年齢を把握していない)は、出生届が提出されていないため、IDを持っていない。彼が、両親を告訴するところから、この物語は、はじまる。それに、至までの経緯を、実情を踏まえた展開とともに、つぶさに、描き出していく。うまくいかないことばかりだと、どうして、自分は生まれてきたんだろうと、感じる。ふさぎ込んでいるわけではなく、ただ漠然と思うのだ。厳しい状況を、目の前にして、彼は、子どもながらにして、それを、実感していく。その眼差しは、「命の始まり」に対する、疑念を抱かせるまでに、神々しい。

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心情

完璧な青春を過ごしたやつなんて、いない

過去を振り返って、思う。
あのとき、僕は、狂っていたんだなと。
ひたすらに、つるむことを避け、他人からの目線に恐怖していた。

呪いにちかい、決まり事を、自分に課し、目に見えない敵と、戦っていた。
答えを見つけようと必死になるうちに、遠のいていく、人間性。
「ちゃんとしなさい。」という言葉が、「それができないなら、命を絶つべきだ。」に、変換されていく。

ただ過ぎていく時間のなかで、「今」だけが、美しかったし、尊かった。
考えなければならないことが、若い僕にはあったし(それに意味があろうと、なかろうと)、だれかと向き合う余裕なんて、なかった。

たぶん、後悔のない青春を送ったやつなんて、いない。
欲しいものを、全て、手に入れて、傷つくことに、繊細にならない。
もし、そんなのがいたら、それはつまらない人間だろう。

くそみたいな社会。
目標や、夢なんてない、ない。
ただ、呼吸のできる場所へ、行く。
まだ、死ななくてもいいなと思える、一瞬を求めて。