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思考

涙の霖(ながあめ)

 今まで、はっきりしてなかったことが、明らかになっていく。けれど、それで、全てを知っているかのように、語られる言説に、説得力は、ない。知るということは、知らないことが増えていくことと、同じ意味だと思う。社会で起きる、様々な出来事は、ここで生きる、虫けらみたいな弱い僕の、頭の中と、繋がっている。苦悩する人々の声を、無視し続ける、この世界が、嫌いだ。もちろん、自分を、含めて。

      ★     ★     ★

・消費と排除
 どうして、いつも、正常な市民は、消費することが、求められるんだろう。経済が、大きな顔をして、まるで、世界の在り方を、決めつけてしまっている。そんなのただの、ひとつの、考え方にすぎないのに。お金を稼いで、欲しいものを、手に入れる。途切れることのない、欲望が前提とされる社会は、息苦しい。買いたいものなんて、何一つないと言うことが怖かった。そうすれば、役に立たない人間として、そそくさと排除されるみたいで。
 行き過ぎた消費市場は、歩みをとめようとしない。たぶん、どんなに地球環境が破壊されようとも、資本主義は、機能していくんだと思う。ただそれは、労働搾取、戦争、病気、貧困、飢餓、多くの人間の、犠牲によってなんだと、はっきり言うべきだ。格差が、拡がっていく。なんらかの、転換が必要だ。だけど、代替案を、だれも、提示できない。混沌とする世界で、ただ、もがいている。

・ちっぽけな正義
 無差別殺人が、おきる。なんの落度もない人が、命をおとす。メディアは、犯人の生い立ちを、紐解こうとする。そんな人間をつくり出してしまった社会にも、責任があるという側と、感情に押され、さっさと死刑にしてしまえばいいという側に、分断される。生きづらさの正体が、分かれば、納得もできるだろう。だけど、誰しもが、うまく周囲にとけ込めない孤独や、全て自己責任にされてしまう、行き場のない怒りの所在を、明確にできないでいる。
 遺族の感情を、考えれば、極刑が妥当であると誰かが言う。刑罰を科す司法について、詳しいわけじゃない。ただ、裁判は、憎しみを果たすためにあるシステムなんだろうか。ここが、法治国家であるならば、法に定まられたやり方で、刑を決めればいい。正しいのかも分からない正義を、振りかざすことができるほど、僕らは、賢くもない。

      ★     ★     ★

 これまで、流されてきた涙が、霖になって降るとき、それは、世界の終わりが近づいてきた証拠だ。あなたが「自分は、普通である」という根拠は、何なんだろう。なんなら、僕だって、世間の喧騒から離れたところで、思想や哲学について、考え込んでみたい。だけど、生きるのって、もっと泥臭い場所で、這いつくばることしかできない。目の前にある社会は、そう、甘くはない。だけど、たとえ、腐敗しきった世界でも、あなたの思考が、止むことはない。

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詩的表現

思惟の海面

積み重ねられていく

いくつもの

嘘。

どうして

幸せなふりを

演じてしまうんだろう。

自分が

なりたい

自分は

決して

そこには

いないのに。

他人に

どう見られているかなんて

どうでもいい。

けれど

いつのまにか

見栄っ張りが

顔をだす。

あなたとの

距離を

縮めたい。

奥底に

眠る

本当の

目的を

思い出す。

次から次へと

口から

こぼれる

数々の

綺麗ごと。

だって

本当のことを

言ってしまえば

嫌われる。

思惟の海面に

浮かぶ

僕は

しどろもどろだ。

ほんとに

クソみたいな

ことばかりだな。

暗いやつだと

思われたくないから

本心を隠す。

ここで

真面目な

話をしたって

しらけるだけだ。

それでも

言葉を

紡ぐことは

やめないでおこう。

今日も

人知れず

傷ついた心を

独りで

癒そうとする

あなたに

魔法をかける。

夜空に

浮かぶ

星屑が

降る日、

音もなく

静寂に

包まれた

世界で

眠りにつく。

スマホの画面から

漏れる

白い光が

急に

現実を

連れてくる。

たぶん

いつもと

同じように

朝が来る。

新しい

なにかに

期待している

心持ちは

そんなに

悪くない。

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詩的表現

ディシプリン

考えすぎてしまう

癖が

行く手を阻む。

浮かんでは

消えていく

表出しなかった

言葉たち。

でも

それで

よかった。

意図せず

誰かを

傷つけて

しまうよりは。

心ない

コメントが

溢れかえる

現代で

僕らは

いったい

誰の声を

信じたらいいんだろう。

大人でさえ

手探りでしか

進めない。

幸せとは

何なのかを

つかみきれていない。

そもそも

万人にとっての

幸福なんて

実在するんだろうか。

価値観が

多様化していく。

環境も

考え方も

思想も

異なる人間が

分かりあうことなんて

はなっから

無理があったと

識者が言う。

ディシプリンの出現が

個人を管理しようとする。

支配したがりの

権力者の

醜い欲望に

やりをたてろ。

民衆が

主役だという

スローガンが

虚しく

聞こえる。

弱者を

切り捨てながら

私腹を

肥やそうとする

やり方が

尊厳を

奪っていく。

なにもかも

くだらない。

だから

僕は

ここにある

大切なものだけを

守ることにした。

それが

いつか

あなたに

届くことを

祈る。

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映画レビュー

022 「西の魔女が死んだ」(2008)

<基本情報>
170万部を突破し、ロングセラーとなった梨木香歩の小説を、映画化。
監督は、「8月のクリスマス」の長崎俊一が、務める。
祖母役として、サチ・パーカーが主演をはる。
主題歌は、手嶌葵の「虹」。

 自分が年老いていき、いつか老人になるんだと思う。だけど、そこにどんな私がいるのかが、驚くほど、想像できない。どんな暮らしをしているのか、だれか連れ添う人はいるのか、孤独のうちに身を置いているのか、不確かな未来だけど、確実に、今の延長上に、それは、ある。田舎で生活する、イギリス人のおばあちゃんは、魔女と呼ばれていた。彼女の、自然とともに調和しながら、生きていく様は、観る人の心に、不思議な安心を、もたらす。都会で暮らすことに、慣れてしまった僕たちにとって、本当に生きていく上での、必要な力を、教えてくれる。

 まいは、学校になじめず、不登校になっていた。少女から、女性になる年頃の女の子の、憂鬱にも似た薄暗い感情。周囲に対して、冷めた眼差しを向ける、いたいけな瞳。ひとりひとり、成長するスピードは、確実に違う。その中で、教室に詰め込まれて、その他大勢と仲良くすることを余儀なくされることは、一部の人にとっては、苦痛かもしれない。なんの疑問も持たずにすめば、楽になれるのにと、何度も考える。ぱっとしない毎日、先行き不安な将来、大人になっていくことに、ためらいを感じる瞬間ほど、恐ろしいことはない。だけど、時は、無情にも、進んでいく。

 人は、死んだあと、どうなるんだろう。それは、凡庸な問いかけかもしれない。だけど、いつからか、年を重ねるにつれて、重大なテーマになっていく。生きる方法は、様々なのに、死んでいく術は、決まっている。忌々しい自我を、手放したいと願う一方、無になることを遠ざける。なにか、答えを欲しがる愚かで、浅はかな自分。焦りだけが、ただ降り積もっていく。だけど、幾度となく繰り返される日常に、ゆとりが生まれたとき、ふっと、気持ちが軽くなる。この作品は、そんな魂の琴線に、そっと触れるかもしれない。

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映画レビュー

021 「ムーンライト」(2017)

<基本情報>
第89回アカデミー賞で、作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞。
キャストには、「007」シリーズのナオミ・ハリス、テレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のマハーシャラ・アリという名俳優たちが、揃う。
製作総指揮は、アクターとしても評判の高い、ブラッド・ピッドが、務める。

 LGBT、ジェンダー、マイノリティー、次々と生まれる概念は、果たして、人間を生きやすい方へと導いてくれたのか。普通と特殊との間に線引きをして、区別していくことで得られる安心は、幻想じゃないかと思えてくる。その人自身に問題があるとか、ないとかの判断は、たぶん誰にもできない。あくまでも傾向として、それぞれを捉えることができたら、互いの理解に繋がっていく。この社会が、どんなふうにあるべきかを問うことは、ひとり一人が抱える生きづらさと真正面から向き合うことと、同義だと僕は思う。

 マイアミの貧困地域で暮らすシャロンは、小柄な体格のおかげで、周りから「リトル(チビ)」と呼ばれている。男の子は、男の子らしく振る舞うべきだという規範は、一見あたり前のように感じる。そこから外れる者は、排除されてしかるべきだというのは、間違っている。性が倒錯してしまうことに、一抹の不安を覚えるかもしれない。だけど、もう、すでに、性的少数者の問題は、人権課題として認識されている。いまさら多様性を、蔑ろにするほうが、違和感がある。女の子らしく行動する男の子が、いてもいい。それを、受け入れることができるのは、これからを生きる、まぎれもない僕たちなのだ。

 黒人の同性愛をテーマにすることに、なんの意義があるのか。ゲイとして生きること、黒人として生きること、母子家庭に生まれること、薬物に向き合うこと、貧困のさなかで、なにが大切かを知ること、それらすべてが、この映画に組み込まれている。月明かりのしたで、友情以上の感情に、戸惑いながらも、互いの距離を近づけていく場面は、きっと、情緒性に満ちている。少年から、大人になっていく過程で、彼らの容貌も、性格も、生活環境も、大きく変化する。だけれども、変わらない「愛」が、そこには、あった。たぶん、どんなに悲観的なことが起きても、けっして揺るがない、特別な思いを再発見できる。

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詩的表現

リミッター

不完全な

部分を

見せるのが

怖かった。

本当の

自分を

さらけ出した瞬間に

向けられる言葉を

想像する。

弱い存在であること、

無能であること、

役にたたないこと、

自信がないこと、

そんな人間は

きっと

誰からも

必要とされないんだと

思ってた。

価値を決めるのは、

自分ではなく

他者である。

もっともらしい言葉が

とても

陳腐に

見える。

あの日を堺に

僕を

無視し続ける社会で

生きることを

決めた。

というより

それ以外に

道はない。

僕だって

大人になる。

働いたりする。

稼いだお金で

腹を満たしたりする。

理性と感情の狭間で

振り切りそうな

リミッターを

制御することに

疲弊する。

いっそのこと

死に帰結する

思考が

よぎる。

誰かを

傷つけても

構わないと

無邪気に

振るまう

自分が

恐ろしい。

手足の震えが

伝染する。

路上に立つ

ミュージシャンの歌声を

食い入るように

聞いていた。

お前は

無価値であるという声に

抗う。

生きるとは

そういうことだ。

僕は

今日も

あの灯台に登り

風に吹かれる。

少し湿った空気を

おもいっきり

吸い込んで

呼吸をする。

いつもと同じように。

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詩的表現

リアルワールド

いつか

僕らの

社会は

目を背けたくなるような

光景で

覆われてしまうんじゃないだろうか。

予想だにしない

出来事が

次々と

巻き起こる。

そのことを

実は

誰しもが

気付いている。

不安な

未来にたいして

準備をしておくことで

精一杯だ。

裏切られた希望を

持て余す。

リアルワールド(現実社会)は

たいてい

幻滅することが

ほとんどだ。

いっさい

光が

届かない

場所で

なにかを待つ。

親の期待、

それにそぐわない自分、

搾取される労働者、

取り繕われた正義、

むせ返るような

黒煙が

正気を

かき乱す。

行き場のない

亡霊たちは

うめき声を

あげる。

不健康な

精神が

誰かを

傷つけてしまう前に

ここを出よう。

くだらない常識を

蹴り飛ばして

旅にでる。

まだ

冒険は

始まったばかりだ。

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映画レビュー

020 「タンジェリン」(2017)

<基本情報>
全編スマートフォンで撮影された、異色の本作。
第28回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で上映され、話題を呼んだ。
監督・脚本・撮影など、すべて手がけたのは、エネルギッシュな映像で知られる、ショーン・ベイカー。

 ロサンゼルスを舞台に、トランスジェンダーである彼女達の日常を、そのまま切り取ったかのような、ドキュメンタリーの様相を帯びている。クリスマス・イブに巻き起こる騒動が、リアルな視点で、描き出される。家族で食卓を囲んで、ローストチキンをほおばるような、幸せの形もある。だけど、この作品は、そんな生易しいものではない展開に、溢れている。人間くさいと言ってもいい。浮気、セックス、友情、マイノリティー、それぞれの思惑が、芯のある物語とともに、絡み合っていく。

 心と体の性別に差がある人たち。言葉では、理解できる。苦しみや、葛藤を想像してみる。彼らについて、知ってみたい。それと同時に、セクシュアリティーという、繊細な問題にたいして、土足で踏み込むようなことは、したくないと思う。ふとした言葉が、相手を傷つけてしまうかもしれない。だけど、この映画の登場人物たちは、そんな僕らの考えを、きにもとめない。むしろ、跳ね返してくる。力強さがある。だから、安心して笑うことができる。嫉妬という感情に、翻弄されながらも、自分に正直に生きようとする姿に、共感を覚える感覚は、嫌いじゃない。

 主人公・シンディは、娼婦として働いている。体を売るという仕事にたいして、差別的にみたり、蔑んだ目でみたりしてしまう人が、いるかもしれない。だからといって、社会から排除していいなんて姿勢は、間違っている。この社会には、そうやって生きていくことを選択した人たちがいる。堂々と胸をはればいい。そして、幸せになる歩みを止めないで欲しい。人間は、いつも合理的な行為をするだけじゃない。ときに間違ったり、意味もないことをしたりする。それが、僕たちの生きる世界の現実だ。その、言葉では、あらわすことの難しい部分を、全面的に表現する手法は、斬新だ。

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映画レビュー

019 「チョコレートドーナツ」(2014)

<基本情報>
1970年代、アメリカでの実話が、基になっている。
全米各地の映画祭で観客賞に輝き、多くの人に感動を与える。
日本での公開をまえに、反響が多数あり、大ヒットに繋がった。
バイセクシャルを公表している、アラン・カミングが主演を務める。

 当時のLGBT当事者に向けられる視線について、想像する。差別や偏見が、いけないということは、なんとなく頭で分かる。だけど、それとは別に、自分とは合いそれない他者にたいする、もぞもぞとした感覚。拒否という言葉で表してもいい。この社会は、悪者と善人で、構成されているわけではない。それは、たぶん、どんな人にも、存在するフィルター。つい好みであるか、好みでないかを選別し、それによって接し方に、差をつける。だけど、それでも、どんな人にも公平でありたいと願う矛盾する僕たち。そんな、人間の姿が愛おしい。

 ともに生きていくのに、だれかの許可がいるのか。法律の壁が、彼らを引き裂く。結婚という制度によって受けることのできる利点を、どれくらいの人が、考えているのだろう。一緒に暮らすことさえ、ままならない、人がいる。家族の形が多様化しているというのは、ただの幻想のように思える。母がいて、父がいて、その環境でしか、子どもは健全に育たないという先入観。その固定観念が、どうしようもなく、人生に影響する。こうあるべきという模範に縛られる。それが生きにくくしていることに、どうして僕らは気付かないんだろう。

 ダウン症のマルコが、幸せそうに笑うと、嬉しくなる。愛情に飢えている者の目には、どんな些細なことも、あふれるものに変わっていく。幸せの形はそれぞれだという、ありきたりなストーリーに、呑み込まれない。その力強さが、観るものを圧倒していく。分かりあうことが、どんなに困難でも、積み重ねていけばいい。それが、ドーナツが好きだというきっかけだとしても。理解という概念を信じるならば、己のなかの、ちっぽけな正義を疑うことから、始めてみるべきなのだ。

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018 「RENT/レント」(2006)

<基本情報>
トニー賞&ピューリッツァー賞を受賞した、ブロードウェイ・ミュージカル「RENT」。
今作品は、たくさんの人の胸を打った演劇を、映画化。
舞台は、1989年のニューヨーク。
未来に夢をもつ人間が、今という時間の価値を明確に感じる日常を、鮮やかに描き出す。
「ハリー・ポッターと秘密の部屋」のクリス・コロンバスが、監督を務める。

 どうして自分を救うことができるのは、自分しかいないんだろうと思うことがある。布団のなかに潜り込んで、ひっそりと涙を流すとき、周りには誰もいない。孤独が付きまとう毎日には慣れている。だけど、もし、どうしようもない困難に遭遇したとき、あなたに寄り添う人間が、少なからずいることを、知って欲しい。

 題名の「レント」は、毎月の家賃を意味している。住む場所を確保するには、金がいる。あたり前のことだけど、そこを、うやむやにしてはいけない。貧困に苦しむ者が、しっかりと自分の人生を、見つめ直す時間が、必要だ。この物語は、どんなに苦境に立たされようと、隣り合わせた友人は、助けなければならないという、強い意志を貫いている。

 エイズや、同性愛者をテーマにした、社会風刺が、観客をどきっとさせる。私の周りにはいないけど、そういう人が実際にいるんだなという他人事に終わらせない。ごくあたりまえに、日常の一部分として、アパートの隣に、同じ地域に、登場する。アメリカらしさという、簡易な言葉で表現していいか分からないけど、多様性を内包している部分が、僕は、好きだ。

 たくさんの場面で、曲が流れて、キャスト達が歌い始める。それは、表現の一種に過ぎないけれど、音楽の力を肌で感じることができる。登場人物たちが、舞台にたって歌唱する「Seasons of Love」から、この物語は、始まる。うまくいかないこと、どう、やり過ごせばいいか分からないこと、悲しみに打ちひしがれること、それが僕らの人生には、訪れる。そこに、もし「愛」というしるべが残されているのなら、それが導き出す方へと進めばいい。